幻の建築模型

 解体修理時の検討資料、研究成果の記録、技法研究のために古建築模型が作られることがある。
 そのなかには、特別な展示以外は倉庫内に死蔵されて、滅多にお目にかかることもない模型も多い。
 修理工事報告書、教育委員会所蔵の修理工事撮影写真、各種文献、情報などから、これら幻の建築模型を紹介する。


 なお、東京国立博物館には、写真の入手が困難な次のような建築模型が所蔵されている。
    伊勢神宮外宮正殿(明治42年製作)
、神魂神社本殿(昭和25年製作)、菅田庵(昭和25年製作)、平等院鳳凰堂(昭和29年製作)、
    光浄院客殿


法隆寺
  中門、東大門、東院鐘楼、東室、
  伝法堂、大講堂、聖霊院、
  金堂、五重塔、夢殿
 法隆寺昭和の大修理に伴う調査で、創建当初の姿を示す幾つかの復元模型が制作されている。また金堂、中門など修理前の模型も何件か作られている。法隆寺昭和資財帳、法隆寺建築の研究書、修理工事報告書、東京国立博物館美術誌・Museum241などに掲載された模型群は以下のとおり。また、五重塔は創建時の形を復原したものが法隆寺に常設展示されているが、現状の形を模型化したものも数件作製されている。

  中門(東京芸術大学芸術資料館蔵品目録 図案・デザイン 建築 第一法規出版)

 
修理前東大門(法隆寺の至宝 昭和資財帳 小学館)  

 
復原東院鐘楼(法隆寺の至宝 昭和資財帳 小学館)

 復原東室(法隆寺の至宝 昭和資財帳 小学館)
 
 復原伝法堂 昭和18年の解体修理時に製作(東京国立博物館蔵)
 (昭和修理を通してみた法隆寺の建築 中央公論美術出版)

 復原大講堂(昭和修理を通してみた法隆寺の建築 中央公論美術出版)

  復原聖霊院(昭和修理を通してみた法隆寺の建築 中央公論美術出版)

 修理前金堂(奈良県教育委員会保存写真より。現物は東京芸術大学に所蔵されている)

 五重塔(奈良県立橿原考古学研究所附属博物館蔵)

 夢殿 昭和14年の解体修理時に製作(東京国立博物館蔵)

唐招提寺
  
金堂、鼓楼
 金堂の1/10模型が東京国立博物館に保存されている。この模型は浅野清博士らが2度に渡って実施した調査により判明した創建時の姿を復元したもの。金堂では、そのほかに組物の実物大模型も作られている。
 鼓楼の模型は、日英博覧会にも出品されたもの。鼓楼の模型は明治42年から始まった鼓楼修理工事に先駆けて制作されたものがあり、時期的に近いので、同一のものと考えられる。なお、東大に大正6年5月購入されたものが現存しているが、これが同一のものかどうかは不明。
 宝蔵は国によって計画された著名建造物の模型製作で作られたもの。ちなみにこのあと光浄院客殿、東大寺鐘楼、正福寺地蔵堂などが作られていく。

  金堂の1/10模型

 軒組物(東京国立科学博物館蔵)

  日英博物館古美術出品図録より
   
 宝蔵
  



法輪寺
  
三重塔
 清水建設所有のもの。法輪寺三重塔は、昭和19年雷火により消失した。その後住職により復興の努力が続けられ、ようやく昭和50年再建された。清水建設が請負い、木工事は宮大工の棟梁西岡常一さん、そして小川三夫さんほか全国から集まった若い大工らによって行われた。本模型は再建における学術的成果を後世に残すために1/20で製作されたもので、完成後清水建設が購入した。なおこの種の、模型による文化財保存記録の第一号としては、明治30年に修理が行われた法起寺三重塔がある。清水建設には模型による三つの塔として他に、石山寺多宝塔、東大寺七重塔が所蔵されている。
 



法起寺
 
三重塔
 東京芸術大学に、明治41年5月11日買い入れられた1/20模型がある。大工板谷彌代吉さんらによる学術模型第一号のそれかどうかは不明。
(
 (東京芸術大学芸術資料館蔵品目録 図案・デザイン 建築 第一法規出版))



薬師寺
  東塔

 東京美術学校が明治38年3月に購入したもの。日英博覧会に法隆寺中門模型と共に出品しており、現在も東京芸術大学にある。
 (東京芸術大学芸術資料館蔵品目録 図案・デザイン 建築 第一法規出版))



喜光寺
  本堂軒組物
 昭和8年の本堂修理工事のときに製作されたと思われる軒隅部分の4手先組物模型。2008年夏、喜光寺は南大門の再建工事を開始したが、本模型は寺にはないそうである。
国宝・重要文化財建造物写真乾板目録より
国宝・重要文化財建造物写真乾板目録より



奈良国立博物館
  博物館本館
 奈良国立博物館本館の正面玄関張出し部分の模型。重文本館の設計図と共に附けたり指定された模型。



東大寺
  大湯屋、転害門、鐘楼、南大門
 大湯屋の模型は、戦前に解体修理が行われた建物後半部分。
 奈良創建時の東大寺伽藍の模型は、現在大仏殿の奥まったところに展示されているが、模型完成お披露目や1910年開催の日英博覧会での写真が残されている。
 転害門模型は2件あり、古い方は昭和修理時のもので、現状の出組である組物を三斗組として復原している。他方は、平成11年製作。現状模型で和田安弘、有弘さん製作。

 鐘楼模型は、1967年の解体修理時の製作
写真は、奈良文化財研究所飛鳥資料館で行われた特別展「古代の梵鐘」図録 による。鐘楼模型は日英博覧会出品時にも新調されており、この模型については、現在の所在地は不明。
 南大門の模型は隅部のみのものが制作されており、
小野市好古館の「重源上人と浄土寺展」などに出品されている。
 
 大湯屋模型(修理工事報告書より)

 復原東大寺七重塔(天沼俊一「日本建築史図録」より)

 復原東大寺金堂(奈良県教育委員会保存写真より)

 金堂断面(国宝・重要文化財建造物写真乾板目録より)

 東大寺伽藍(日英博物館事務局事務報告より)
 同時に出品された陽明門、根来寺大塔、鳳凰堂などが写っている。

 復原転害門(奈良文化財研究所「国宝東大寺転害門調査報告書」 より)

 転害門 
 
 鐘楼(東京国立博物館蔵)

  日英博物館古美術出品図録より

 南大門(奈良県立橿原考古学研究所付属博物館蔵)



奈良文化財研究所
  山田寺金堂復元模型
 
 研究過程で明らかになったことを模型で残すことが行われているが、山田寺金堂の模型もそのひとつ。身舎に対し、側柱が同心円状に建つ構造をもつ。木工事は和田安弘さん、和田有功さん。瓦葺きは山本清一さんがそれぞれ実施した。




正倉院
  紫檀塔残欠 


 正倉院南倉に五重小塔の建築雛型の部材が伝世しており、平成16年の正倉院で出陳された。柱材などは残存していないが、組物、屋根材など465点。これらから総高さ2.4mほどの五重塔で、箱形の本体にこれら部材を取付けた内部構造のない模型と考えられている。展示は部材の種類ごとに、標本ように16個の箱に収められたものを並べて行われた。

丸瓦と高欄 



清水寺
  本堂、三重塔

 清水の舞台として名高い本堂の本体部分模型と三重塔組物彩色実物大模型で、いずれも修理工事時に作製。
 
 本堂(修理工事報告書より)

 
三重塔組物(京都文化博物館 京の匠展図録より)


西本願寺
  
飛雲閣
日英博覧会出品作品のなかのひとつ。現在の所在地は不明。

  日英博物館古美術出品図録より

  日英博物館古美術出品図録より


大徳寺
  
唐門
 日英博覧会出品作品のなかのひとつ。現在は東京芸術大学に保管。

  日英博物館古美術出品図録より

 東京芸術大学芸術資料館蔵品目録 図案・デザイン 建築 第一法規出版より
)



鹿苑寺
  
金閣
 日英博覧会出品作品のなかのひとつ。博覧会に向けて新調されたのではなく鹿苑寺が所有していたもの。現在の所在地は不明。

  日英博物館古美術出品図録より



醍醐寺
  
五重塔
 鵤工舎製作の1/20模型。かつてミュージアム氏家(現さくら市ミュージアム)に展示されていた。

 五重塔(鵤工舎企業案内より)


平等院鳳凰堂  1910年の日英博覧会出品模型のひとつ。京都府技師亀岡末吉さんの監督指導の下作製されたもの。博覧会終了後は農商務省から東京美術学校に保管転換され、今は東京芸術大学にある。大棟上の鳳凰は失われているもよう。

  日英博物館古美術出品図録より

 東京芸術大学芸術資料館蔵品目録 図案・デザイン 建築 第一法規出版より



慈照寺
  
銀閣
 本模型は、建造物模型の選定保存技術者和田安弘さん、有効さんの手になる。製作後一時京都国立博物館に展示公開されていたが、その後所在不明。



平安神宮
  
拝殿、応天門ほか
 東大建築学教室保管の平安京大極殿を模した模型。京都平安神宮の基本設計案になる。2009年夏に国立歴史民俗博物館で行われた企画展「日本建築は特異なのか」にも出品された。伊東忠太設計の平安神宮実物の1/20模型。

 
 白虎楼、応天門(大極殿の研究 平安神宮より)


金地院
 
東照宮

 東京国立科学博物館の日本建築展示コーナーにあった、選定保存技術者和田安弘さん達の作製した模型。
東京国立科学博物館HPより



京都国立博物館
  博物館本館
 博物館本館の屋根構造模型が作られている。
京都国立博物館HPより



大阪市
 中央公会堂
 大正4年2月撮影の公会堂模型。
修理工事報告書より

姫路城
  天守閣修理用素屋根、化粧櫓
(国宝・重要文化財建造物写真乾板目録より
(国宝・重要文化財建造物写真乾板目録より



彦根城天守閣    天守閣昭和の大修理の時に、天秤櫓内で展示公開された天守閣模型。現在の所在地は不明。
  
  



大伝法院(根来寺)
 多宝塔(大塔)
  日英博覧会出品作品のなかのひとつ。京都府技師亀岡末吉さんの監督指導の下作製されたもの。現在の所在地は不明。

  日英博物館古美術出品図録より



首里城
 
 首里城正殿
 幻と言うほど古くはない、首里城再建時の検討用資料として製作された構造模型。
 



中尊寺
  
金色堂
 解体修理時に修理練習兼検討用資料として製作された。佐川美術館における「平泉展」以降公開されておらず、修復が必要とのことである。
     

熊野神社長床       解体修理工事に際し検討用に作製されたもの。報告書には4枚の写真が掲載されているが、模型に関する記述はない。慶長の地震で倒壊したものを、縮小して組み立てられていた。軒の組物も省略されていたが、柱の下にただ1個残っていた大斗と部材の当り痕などから、復元修復された。
 

飯野八幡宮本殿   現在の建物は入母屋造で、蟇股を2段に据えた豪華のもの。模型は当初の流造を復元したものと、修理され彩色も塗替えられた現在のものを、それぞれ左右半分ずつ作り分けている。両者の印象がかなり異なるのは、神仏習合の神社であったことにより、寺院的性格の強い豪華な入母屋造に作り替えられたため。株式会社さんけい製作。

燈明寺本堂   横浜三渓園にある燈明寺本堂は、三重塔と共に京都府加茂町から移築復元された室町時代の建物。本堂は戦後荒廃し、解体保管されていたが、昭和57年から部材を三渓園に運んで復元した。この模型は復元の参考資料として製作されたもの。松江の宮大工佐藤保治さんが製作。現在は本堂の脇陣に他の道具類と混ざって、白布をかけられ置かれている。
 


修理工事報告書より
 

諫早の眼鏡橋      元ユネスコ村に長さ10m、高さ1.7mの諫早眼鏡橋の1/5模型が残っている。石橋ではじめて重文に指定されたこの橋は、水害を起こした本明川の改修にあたり取り壊されるところであったが、当時の野村儀平市長の保存活動により諫早公園に移築されることになった。このとき作られたのがこの模型。2800個の石を使った文化財級の模型で、復元のための技術データを得るため組立・解体の実験が繰り返しおこなわれた。指導したのは自称「橋気違い」のミスターイシバシ山口祐造さん。これ以降九州の石橋を調査、全国に紹介した。 

 諫早公園の本物
  平凡社カラー新書「日本の石橋」より 
     現況(2009.8.12)

草むらに寂しく残る

石積細部

狭山不動寺境内第二多宝塔横より遠望できる



谷中五重塔
  
 東京世田谷在住の大工福田吉一さんが晩年まで、25年の歳月をかけて作り上げた1/10模型。昭和32年の心中事件で焼失した後の、37年7月に完成している。現在は深大寺にある。写真は山本猛さん提供のもの。(上野・谷根千研究会刊「東京の地方」叢書2谷中五重塔より)
  

 
 明治6年ウィーン万博に名古屋城金の鯱などともに出品されたのが谷中の五重塔。ウィーン万博は、明治政府がはじめて参加した万博である。博覧会終了後、出品された宝物類はフランスの郵便船で帰国の途についたが、伊豆半島沖で座礁沈没しし、今も多くが海中にある。金の鯱は大きすぎてこの船には乗せることが出来ず、難を免れている。五重塔模型は国立博物館所蔵となっているので、現存しているかも知れない。


台徳院霊廟  1910年の日英博覧会では、多くの古建築模型が出展された。これらの模型は日英博覧会事務局、東京美術学校、奈良県などが天沼俊一、加護谷祐太郎、亀岡末吉、大江新太郎といった人たちの監督下、学術的に作為したもの(事務局報告文より)で、なかには博覧会終了後イギリスの機関に寄贈されたものもある。台徳院霊廟模型は、東京市が出品したもので東京市のコーナーで展示された。これも寄贈されたようで、最近になってイギリスで、倉庫から分解梱包された状態で発見された。

 日英博物館事務局事務報告より



三菱2号館  ジョサイア・コンドル先生と曽根達蔵さんが設計した三菱2号館は今の明治生命館の位置にあった。しかし1930年、社屋拡張が必要になって取り壊された。取り壊しと引き替えに作製されたのがこの模型。
 2005年、重文明治生命館の改修工事が完了し、一般公開を機に館内に展示されている。なお、本物の三菱2号館の玄関部分は横浜国立大学などに保存されているとのことである。


  国立科学博物館産業技術の歴史データベースより



伊達家汐留上屋敷表門  東京大学所蔵の大名屋敷門。1/20模型で屋根の一部を取り外して内部を見ることが出来るようになっている。昭和2年10月、伯爵伊達興宗公より東大に寄贈された。この模型は昭和15年に開かれた紀元二千六百年記念日本文化史展覧会に小田原城天守模型と共に出品されている。(東京大学コレクションX 加賀殿再訪より)

 紀元二千六百年記念日本文化史展図録より



富士山本宮浅間大社  この模型は、岐阜市内岐阜公園にある名和昆虫博物館の記念昆虫館の中にある。初代所長の名和靖さんがコノハナノサクヤヒメと讃えた奥さまのために総桜材で作られたもの。大正年間の製作と考えられ、名古屋の棟梁伊藤平左衛門さんが製作。祭壇風にしつらえてあって、名札に名和朝臣とあったので南朝の忠臣名和長年との関係を尋ねたら、本人が岐阜の方に来た形跡はないけれど、山陰の名和神社からは行事のおりなどに連絡が来るそうである。普段この記念館は内部がやや物置の体により非公開だが、事前に博物館に見学を申し込めば入室可能。唐招提寺金堂の明治修理取替え材で作られた六角堂、大正天皇ご臨席の際使用された椅子、名和昆虫館の中心的存在であるシロアリ等の昆虫関連資料など、文化財級のものが収納されている。
  


名古屋城三の丸東照宮  戦災で焼失した東照宮社殿の模型。東大建築学科所蔵で社殿焼失前の製作。写真は学研〔歴史群像〕名城シリーズ 名古屋城より
  



清洲橋   隅田川に架かる清洲橋の模型は、金沢大学資料館にある。製作は島津製作所で大正末から昭和初期の製作。金沢高等工業学校の旧蔵品。同校にはこのほかにも大阪市の旧大正橋などの模型もあり、平成20年の特別展で展示公開された。



永代橋   隅田川に架かる永代橋の模型は、東京大学工学部土木課にある。製作は戦前の艦船模型製作者籾山作次郎さん。同校にはこれ以外にも同じ作者による蔵前橋の模型もあり、いづれも1/100模型。
永代橋

蔵前橋



筑後川昇開橋  1935年竣工の筑後川昇開橋の模型が1/40で作られている。この模型は2年後のパリ万博に出品され、日本の高度な橋梁技術を世界に紹介した。



日光東照宮陽明門   日英博覧会に出展された建築模型のひとつ。

正福寺地蔵堂   東京国立博物館所蔵の模型。  
  

 

吉村家住宅   東京国立博物館所蔵の模型。

旧北村家住宅 国立歴史民俗博物館所蔵の模型。川崎市の日本民家園にある北村家模型と同一作者。

霊光院五重小塔    山陽本線新山口駅から田園地帯を徒歩40分、岩屋山地蔵院に市指定文化財に指定されている20分の1模型の五重塔がある。1822年、防府天満宮境内に建立が計画された五重塔の雛型で、棟梁を命じられた大工松屋喜右衛門さんが造った。五重塔の工事は百姓一揆により中断し、まぼろしとなったが、この模型は位牌供養塔として小堂に収められ、信仰の対象として残されている。